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サーベイヤー計画を語る。

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サーベイヤー計画とは

サーベイヤー計画は米国が実施した無人の月探査ミッションである。
軟着陸技術の開発と検証を目的とし計7機の探査機が打ち上げられた。

サーベイヤー計画の調査によって、アポロによる有人月着陸の実現性が高まった。

サーベイヤー計画では、4億6900万ドルが投入された。



サーベイヤー計画のミッション

サーベイヤー1号

サーベイヤー1号は、月軟着陸に成功した初の米国探査機である。
1966年6月、嵐の大洋に着陸し1万1000枚以上の画像を撮影した。
第一ミッションは7月14日に終了したが、工学的なデータ収集は翌年1月まで継続した。



サーベイヤー2号

着陸に失敗し、月面に落下した。



サーベイヤー3号

1967年4月、嵐の大洋に着陸した。
着陸時、予定通りにエンジンが停止しなかった。
この影響で、一度着地してから機体が上昇しまた下降するという動作を3回繰り返して、ようやく安定した。

月の土壌をスコップで採取し、その分析結果を送信した。

2年半後、サーベイヤー3号から160メートル離れた地点にアポロ12号が着陸し、サーベイヤー3号の部品を回収して持ち帰った。



サーベイヤー4号

着陸に失敗した。



サーベイヤー5号

1967年9月、静かの海に着陸した。
着陸後、夜になるまでの間、1万8006枚の画像を撮影した。
その後、2週間続く夜を耐え抜き、1048枚を追加で撮影した。



サーベイヤー6号

サーベイヤー6号は、1967年11月10日、中央の入江に着陸し、月の土壌の成分分析や月の熱環境を調査した。
地球に送信した画像は3万枚に達した。

着陸後の11月17日、サーベイヤー6号は再度エンジンを噴射し、月面から上昇する実験を試みた。
これにより、サーベイヤー6号は4メートル上昇し、再度、軟着陸に成功した。

11月24日、2週間続く月の夜に備えて、活動を停止した。
二週間後、夜明けととともに活動再開を試みたが、サーベイヤー6号は完全に沈黙したままだった。



サーベイヤー7号

サーベイヤー7号はサーベイヤー計画最後のミッションである。
1968年1月10日、チコの近くに着陸した。
2万1000枚以上の画像を地球に送信した。

地球から発射したレーザー光線をサーベイヤー7号のカメラで受信する実験を行い成功した。

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参考文献・サイト

THE SURVEYOR PROGRAM
Surveyor (1966 - 1968)

2010/10/26



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